第1回「遺族会」より家族代表の語り

当院の特色

第1回「遺族会」より家族代表の語り

主人が緩和ケア病棟に転院して来たのは、“夏の日差し”が和らいだ去年の10月末の事でした。
日毎“頭痛”を訴える頻度が増し、当院の耳鼻咽喉科の先生を始め、幾つかの病院で診ていただいた結果、「咽頭癌の再発」でした。

前の年に○○で“放射線”治療を受け、その後1年近く経過観察中の途中の事でした。
この20年余、5年毎に大きな“病”を患いその都度、克服して生還した「運」の強い人でした。“肺癌”から始まり“脳梗塞”“膀胱腫”“狭心症”“脊柱管狭窄症”等です。
家族の為、末の娘が成人する迄はと、激痛を堪え、歯を食い縛ってプロのタクシードライバーとして頑張ってくれました。

その娘の“就職”を見届けると「引退して“狭心症”の手術を受ける」と決心、身辺整理を始めたのです。 手術、リハビリを終え痛みや痺れが消えたことを確認するとすぐさま“狭心症”の治療です。“ステント”が4ヶ入りました。高齢の身には、さぞ応えたであろうとその時主人の痛みを思いやれなかった自分を、現在(いま)さならながら反省する始末です。

或る日、“頭痛”で眠れないと、夜中起きている主人が「今度は、もうダメかもしれない!」と真剣な顔で言うのです。今迄、弱音を吐く主人を見たことがなかっただけに驚きました。主人の身体の中で、これ迄とは違う本人しか知りえない変化を感じた様子でした。
心細かったのか、主人の目には“涙”が光っていました。
「充分に生きた。だから覚悟はできている。お前と家庭を持って人の子の親になれたし、幸せな人生だった・・・。
只、残されるお前たちの事を思うと辛い!」声を震わせ語り始めました。
「兄貴のような、延命治療は望まない。痛みさえ緩和してくれたら充分だから」と、主人はそこまで決意していたのでした。
「全ての判断はお前に任せる」
この事は主人の“遺言”として尊重しようと固く心に誓いました。
 「上咽頭癌の再発」と診断され、あれ程苦しんだ頭痛の原因が判っただけでも。治療法で痛みが緩和され、苦痛から開放される・・・。

いちるの望みは“長―く暗いトンネルからやっと抜け出せたような安堵感をもたらしてくれました。 私は“緩和ケア”を受けると云う現実を果たして充分に理解し納得しただろうか?自問自答しながら、苦痛を軽くしてもらえる。主人も望んでいることだからこの選択に全てを賭けようと、主治医の“笹良先生”に一任する決心を致しました。

緩和ケア病棟へ入所

転院する前に、相談員から“緩和ケア病棟”の施設の説明を受け、入院するに至りました。
着いた先は、まるで“メルヘン”の世界で誘(いざな)うかのような病棟入り口、“不安”を抱(いだ)いて足を踏み入れたそこには優しい眼差しの看護婦さんの姿がありました。
“ナースキャップ”に“白衣”と云うイメージは無く、カラフルな可愛い柄の制服が目にする者の緊張を解してくれます。
清潔感の漂う雰囲気の中、通された個室は、さながらビジネスホテルを連想させました。
その頃の主人は、トイレや入浴も少しの介助で事足りていたので
「頭痛が治まり少し“体力”をつけたら在宅介護も“夢”ではない筈だ!」
「父さん頑張って早く家に帰ろう!!」
私は、心の片隅でそれが叶わぬ事を承知しながら主人を励まし、努めて“明るく”振る舞いました。

日に日に食欲が失せ、一箸もつけずに、お膳を下げることが続き、心配は尽きません。
そんな時、斜向(はすむ)かいの病室の方から「自分もそう云う時期があったから辛い気持ちは理解できる。私はこのごはんの友で食欲を取り戻せたからどうぞ!」と勧めて下さいました。年の頃は60代後半?ナースの皆さんは親しげに下の名前で「〇〇さん」と呼んでいました。
朝は洗面室で身だしなみを整え、髪を解き、いつもさっぱり小奇麗にされているステキな女性でした。
「女はかくあるべき」と無言の“メッセージ”を見せられたようでその凛とした姿に彼女の存在を意識するようになりました。
主人の病室が移動した為、彼女と会う機会が少なくなり気にしていましたが、
「きっとお元気になられて退院されたか、他の病棟へ移られたのだろう?」くらいの気持ちでいました。
直接、ナースに聞く勇気はありません。患者さんの多くがどんな気持ちで1日1日を過ごされているのか・・・。想像しただけで、胸が締め付けられる思いがしました。
「〇〇さん。貴女の姿を思い浮かべながら、私も毎朝鏡を前に身だしなみを整えています」

ある寒い夜の事、病棟のキッチンで、治療を受けている大切な家族の為に温かい鍋料理を食べさせたいと、慣れない手つきで大奮闘している青年と出会いました。
きっと思いやりの深い優しい青年だと思います。出来栄えよりビタミンI(愛)のいっぱい詰まった料理に仕上がったでしょうネ。

やはり寒い日の事でした。患者さんの洗面の介助で車イスを押して入って来たナースが、窓を開け「建物のひさしに巣を作ってヒナを育てている親鳥がいるので、巣立ちを楽しみにしている!」と愛しそうに見上げていました。

その時のナースも今年、母親になるそうです。貴女の優しさは患者さんやその家族までをも暖かく包み、癒して下さいました。
きっと、立派な母親になれる事でしょう。
寝付きの悪い主人を気遣い、アロマの香りのする足湯をつかわせてくれた奄美出身のナースさん。お陰様で、あの日主人は気持よく眠りに着けたようでした。お元気にしていますか?
私は毎週水曜日の朝を興味津々と、楽しみにしていることがありました。
先生方を始めスタッフ数名での回診です。
さながらドラマ「白い巨塔」を連想させる光景は、まさに「圧巻」でした。その光景に、患者や家族は、大勢のスタッフに支えられていることに安心と信頼を見た事でしょう。

一人の患者に、このように大勢の医療従事者が関わっている事に改めて気付かされ、「緩和ケア」に対するスタッフの方々の熱い想いが伝わってくるような光景でした。

“クリスマス”そして年を越す事が出来た

容態の変化に一喜一憂し、年は越せないだろうと「余命宣告」を受け、“クリスマス”そして年を越す事が出来た時“奇跡”だと。これは神様からの贈り物だと喜び、そして「欲」はエスカレートして、旧正月を迎え、85歳のトゥシビーをお祝いしよう。3月の誕生日まで頑張って!と思っていました。
何度か“危機”を脱し、1日の殆どを眠っている主人の寝顔を見ながら、詩(うた)を詠んで不安をかき消し、現実逃避していました。

安らかな寝息に聴き入る心地よさ
明日と云う未来に希望(のぞみ)を持てるひととき
病床の“父”の手を取り想い出を語る二女(むすめ)の目に涙
「おはよう」と今朝も交わせた歓びを夕には旅立つ人となりて

平成26年1月25日、安らかに、本当に眠るように息を引き取りました。今月で7ヶ月になります。
主人の匂いのする家に娘と3人、寄り添って生活しています。
時折、主人の気配を感じながら・・・。
“緩和ケア”のスタッフのみなさま
この度は大変お世話になりました。
患者は勿論、家族の「心のケア」までを提供する耳新しい施設に、これからも多くの方が関心を寄せ、利用者が増えると思います。
スタッフの皆様の益々のご活躍とご健康を祈念し、家族を代表して感謝申し上げます。
本日は有難うございました。

平成26年8月16日
眞榮平 美千子

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